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以下、つらつらと。所属する組織から独立した個人の考え、ね。

・参考リンク
出版不況に京極夏彦が動いた! 異例の4形態同時発売の狙い

電子書籍騒動をきっかけにこれからのメディアパッケージのあり方 を考えてみた

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CDを買わなくなった。年に買っても、5枚程度とかになった。音楽を聴かなくなったわけじゃない。むしろ聴いている量は平均よりもだいぶ上であることは間違いない。とはいえ、iTunesでそれなりに買うし、買えなければTUTAYAでレンタルしてリッピングする。iTunesに入ってる曲の数は約1万5千曲もある。かつてかなりの数あったCDはiTunes運用に切り替えてからまとめて中古で売り払った。そこに所有欲はなく、データさえあれば楽しめる。データ以外のプラスアルファってなんだろう。

ゲームもオンラインで買いつつある。PSPはオンラインストアで購入だ。3DSにしたって、ダウンロードしたゲームで充分遊べている。未だゲームにはコンシューマの香りが好きという自分がいるから、携帯でのゲームには手を出してないが、iPhoneで思い出したようにFFTをプレイしてる。将棋もiPhone上のでだいぶ満足だ。パッケージに対する所有欲は現状ない。昔はあれだけ買っては中古に売り出したというのに。PS2のソフトやDSのソフトはあるにはあるが、これもオンラインで購入できるような状態になれば売り払うのだろう。

オンデマンドしないDVDは買う。しょうがない。でも、映画はapple TVで見られるモノは見る。ちょっとまてば洋画に限って言えばだいたい見られる。ここにもパッケージの所有欲はない。ファンレベルで購入しているDVDはいいが、そこまでではないコンテンツはテレビ関係も含めて独自規格とかしらんから、全部iTunes Storeで見られるようにすればある程度のユーザは満足だ。Google 決済でもいいよ、この際。国内の独自仕様とか知りません。リアルタイム以外の映像コンテンツは、課金コンテンツで個人的にかまわないと思ってる。

これらはデジタルでパッケージされても、本質的な価値に毀損は(ほぼ)ない。再生するハードがそもそもなんらかの機器がいるし。音楽にしろ、ゲームにしろ、映像パッケージにしろ。

本や雑誌とかのテキスト主体なパッケージはどうだろう。もともと、それ自体が再生するハードなんだよね。とりあえずデジタル化すると、再生するハードが必要。ここが、音楽や映像やゲームと違う。個人的には再生するハードとしてタブレットがあって、『これまでのソフト』がPDFになってれば『とりあえず』はいい。なので自分は手持ちの「テキスト主体な紙のパッケージ」はどんどんPDF化している。でも、デジタルで再生してもそれは「本質的な価値は毀損している」と、最近思うようになってる。ま、今、デジタル化してるのは毀損自体は個人として気にしてないからいいんだけど。

iPadでスキャンした雑誌のPDFは読める。読めるけど、結局ある程度拡大しないと見えない。そう、文字の級数がそもそも最適化されてないから。読むように拡大すると、テキストの周りに配置された要素がぼやける。だって、ページは1枚でデザインされていて、拡大して読むことを視野角からして想定してないし。でも、今、デジタルで出ている「電子書籍」なるものは、紙のデザインのものがほとんど。やっぱりまだまだ「発展途上」なのだろう。この点だけとっても。これだけじゃないにしても。

テキストが読めるだけ、ならば、青空文庫形式でいい。決済うんぬんなら有料メルマガでいい。自分は過去の名作とかはi文庫とかで読んでる。でも、テキストは本ないしは雑誌、んと、めんどくさいから「電子書籍」というと、テキストはそのパッケージを構成する要素の一つでしかない。雑誌はページごとにデザインされているからこそ、パッケージの価値を持つのがほとんどだ。だからこそ、紙という再生するハードと同じように、デジタルの再生するハードで表現する「方法=デザイン」が、そもそもまだまだなんだ、と。

いや、もちろん、雑誌そのままのパッケージレイアウトで、デジタルの再生ハードに載せてしまうのは仕方がないと思ってる。だって、まだその方法論が確立してないんだから、消極的にやらざるを得ないというのも。実際、市場はまだまだ小さいし(エロ除く)、そこにチャレンジするには難しい。でも、チャレンジしないといつまで経ってもただのテキストリーダーだし、いつまでも読み手に価値を与えるデジタルならではのテキスト主体なコンテンツが出てこない。アプリとかそういうくくりじゃなくてさ。ブラウザ主体もありなはずだし。kindleはKF8というHTML5 / CSS3 対応のフォーマット出したしね。

「テキスト主体のデジタルパッケージ」が「音が主体のデジタルパッケージ」「ゲームというデジタルパッケージ」「映像が主体のデジタルパッケージ」に比べると、そもそも市場価値が低いかもしれないけど、決してゼロではないとは個人的に思うし。そのデジタルパッケージを作る未来の担い手になるのが、従来「テキスト主体の紙パッケージ」を作ってきたところなのか、それともネット発のパッケージメーカーが生まれてくるのか。個人的には売り方も含めてまだまだの世界だからこそ、いろんな意味で怖いけど、いろんな意味で楽しい! と思うようにしてるし、自分としては、そのデジタルパッケージの最適解を考えていきたいなぁ、と。

だったら、その最適解はなんだよ!という話だけど、脳内ではぼんやりとあるけど、まあそれはまた今度。